ヨコクのヨコク

元気でつかーっ!!!

突然の終了宣言から早三日が経ちました。
現在、ブログのアクセスが急下降中です。
うーん、寂しい気がします。

しかも、ファンがいたなんて。
終わってから気付く幸せってあるんですね。

さて、現在Hは続編というか、
なんというか、そんなのを企画中です。


うーん。
彼女への恨みつらみを書こうか、とか、
この2ヶ月で学んだ宗教についての話をしようか、とか、
あと、信仰をお持ちの方も見ておられるようなので、
どっぷり信仰について語ってみようか、とか、
考えてます。

ただ、方向性が今一つ、、、なんですよね。

いろんなバックグラウンドの方が、
のぞきに来られているんだなあ、って思うと、
あれを言ったらこっちが傷付いて、
これを言ったらあっちが傷付いて、
みたいな話になってしまうんではないか、
と悩んでいるところです。

近々、今までのまとめと、
これからのブログの方針を書きます。
ということで、ヨコクのヨコク、でした。


まあ、信仰の話を中心に書いてみたいとは思ってます。

近日中にリンクを頂いた皆様のブログに、
遊びに行きますので、そのときはなにとぞよろしくです。


あ、ナウシカさん、転載自由ですよ~

ブログを始めて

今日の先ほどの記事で、
僕が書きたかったことは書けたなぁ、と思います。
一応の終わり、というところでしょうか。

ブログを始めて良かったな、と思います。
いろんな人との交流の中で、励ましの中で、
自分に向き合うことができました。
ありがとうござます。


ブログを書き始めたとき、
いつか彼女とこのブログを一緒に書ければいいな、
とか思ってました。
アンチさんと学会員さんの結婚の一つのケースを
提供できれば、本当にいいなあ、と思っていました。

そして、ブログを終わるときは、
拍手喝采、大団円で終わるんだろうなあ、
って思ってました。

書ききってみると、

大団円なんてことはなくて、
心が収まるところに収まった、
それだけのことなんだなと思います。


ブログは本当にすごいなあ。
自分の心が外に出てしまうんだもの。
いろんな感情が毎日揺れ動いて、
大騒ぎして。みんなに励まされて。

ブログ全体が僕の分身のように思います。
いいところも悪いところも、
全部僕なんだな、って。


彼女にカムアウトされてから、
2ヶ月が経ちました。
ブログを書き始めて2週間が経ちました。

悩み苦しんだ2ヶ月でした。
体重は5キロ減りました。
部屋は荒れ放題。
でも、不思議と充実感はあります。
悩み抜いた、と。

涙は、、、枯れたと思ったのに、
まだまだ出てきます。
また、松屋で豚丼を食べながら、
泣いてしまうかもしれません。
そのときは折角だからトン汁セットで。


-----
これからの僕と彼女との話は、
うーん、ご想像におまかせしようかな。

今まで暖かく見守って下さって、ありがとうございました。
とかいいながら、また記事を書くかも。


Special Thanks to:
kousanさん、千亀さん、祥子さん、道楽猫さん、まりさん、ほしのしずく☆さん、
犬のメメさん、華さん、happycolorさん、photochikaさん

脱会を求めるということ 2

脱会を求めることの覚悟について、
僕なりの意見を前回書きました。

今日は、心理学的な話も付け加えてみます。

好きな人ができたとして、
その人に付き合っている相手がいる。
でも、どうしても付き合いたい。
そんなとき、あなたはどうしますか?

A. 付き合っている相手をけなす。
B. 付き合っている相手をほめる。





心情的には、答えはAですが、
心理学的には、答えはBだそうです。

人はほめればけなし、けなせばほめる生き物なようです。

だから、
難しいこととは思うんですが、
「相手の大切にしているものを、ほめる」
といいんですね。

実際、創価学会の良いところを
彼女と話したとき、そうでした。

僕「会館に行くと相談にのってくれる人がいるって安心するよね。」
彼女「いや、そうでもないよ。いないときも結構あるもん。」
みたいな。

人って、天邪鬼(あまのじゃく)です。


ということで、
これまでのことをまとめると、

脱会を求めるということは、
創価学会をけなさず、創価学会をほめて、
ずっと相手のそばにいてあげることなのです。

ほめるのが難しければ、
相手の信仰を理解してあげる、ことでも良いです。


でも、言うは易し行うは難し。

脱会をするしないは結局相手の選択です。
あなたが決めることではないんです。

ってことは、

脱会をしてくれると信じて、
どんなに心の中で違和感を感じても、
それを口に出さず、ほめ続けても、ずっとそばにいても、

相手が脱会してくれるとは限らないのです。
ずっと相手が信仰を持ち続ける可能性はあるのです。
見返りがあるとは限らないのです。

そして、あなたが相手を大切に思うからこそ
脱会してほしいんだ、という思いが、
相手に届かないこともあるのです。

相手のためにしているのに、
相手にそのことを理解されない。
たとえ見返りがなくとも、
その人のそばにいよう。

その決意は愛そのものだと思います。
無償の愛。カトリックでいうアガペ。

あなたがその無償の愛に生きられるなら、
相手に脱会を求めてください。
言葉ではなく行いによって、
その思いを伝えてあげて下さい。

それが、相手に脱会を求めるということなのだと思います。


-----
僕はその無償の愛を持つにはいたりませんでした。
どんなに傷付いてもいい、
この人のために生きよう、というある意味、
信仰宣言と言えるものを私はできませんでした。

愛に殉ずることはとても難しい。
私が求めていたのは恋愛の延長としての
結婚だったように思います。
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